朝7時に収穫したいちじくが、9時半には店頭に並ぶ。2019年9月、小出農園は初めての出荷を迎えました。父と母が一緒に向かったのは、農園から車で5分ほどの農産物直売所です。田んぼを耕し始めてから、二度目の秋。ようやく、お客様に届ける一日が始まりました。
ただ、そこへたどり着くまでには、芽が出ない苗、枯れてしまう木、水のたまる土がありました。初出荷のあとにも、台風と竜巻が続きます。創業期の記録を読むと、農園は苗木を植えた日に完成したのではなく、問題に出会うたびにつくり直されてきたことが分かります。
この「年ごとの農園ストーリー」の最初の一編では、2018〜2019年をまとめて振り返ります。2018年の様子は、父が翌2019年に書いた振り返り投稿をもとにしています。写真カードの日付は保存データ上の投稿日で、出来事の年月は本文と写真説明に記しました。
2018年1〜3月|祖父のトラクターで、田んぼを耕す
始まりは、市原市の内陸にある21aの水田でした。周りも田んぼ。父は農家の長男でしたが、農業の経験はほとんどなく、60歳を過ぎてからの新規就農です。
トラクターの使い方は、父の父、私にとっての祖父から教わりました。耕してみても土はでこぼこになり、時間ばかりかかる。振り返り投稿には、そんな出だしが飾らずに書かれています。それでも、使える機械があることが何よりの助けでした。古い農機具は、故障すれば祖父が修理してくれました。
ロータリーを3回かけても、粘土質の土はごつごつしたまま。その時点では、後に水はけで苦労することまで分かっていたわけではありません。まずは、田んぼを木が植えられる形に変えるところからでした。
3月には、8本の畝に15本ずつ、120本を植える計画を立てます。収穫しやすい一文字仕立てを選び、風通しや日当たりのために間隔を確保。周囲には防風ネットを張る余地を、畑の片側には車の通路を残しました。採算のために本数を増やす考えもありましたが、父は一つ一つの実に光が当たることを大切にしていました。
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畝と通路ができた最初の農園。2018年3月の設計と整備を、翌年の投稿で振り返っています。
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2018年4月|120本の穴を掘り、芽吹きをノートにつける
届いた苗木は、植え付ける120本と予備10本の計130本。植え付け位置を決めたあとは、鍬を持って穴を掘りました。硬い土に120本分。会社勤めで鞄とペンを持っていた体にはこたえ、穴掘りだけで一週間かかったといいます。
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植え付け前の苗木。2018年春、予備を含む130本を迎え、4月に120本を畑に植えました。
4月6日に植え付けを行い、雨が降らない日には朝ごとに水をやりました。ノートを片手に一本ずつ見回り、芽が出た日を記録します。棒のようだった苗から緑が出てくる。その小さな変化が、まだ収穫のない畑に通う楽しみでした。
ところが、3週間ほどたっても芽が出たのは40本で、80本はまだ動きません。姉ヶ崎の先輩たちの畑では芽が出ていると聞き、父の記録にも不安が現れます。同じ市原市だから同じように育つとは限らない。そのことを、木を前にして知り始めた春でした。
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2018年春の芽吹き。一本ずつ芽が出た日を記録する一方、なかなか芽が出ない苗もありました。
最初の冬を越えて|水なのか、寒さなのか
植えた木は、そのまま順調に育ったわけではありませんでした。2019年の振り返りには、前年の台風で根ごと飛ばされた木や、枝を折られた木の記録があります。さらに、周囲の水田から入る水が畑にたまり、根腐れで枯れたと父が考えた木もありました。
2018年11月には外周に深い溝を掘り、翌2019年1月には高畝へ改良します。水をやることばかりでなく、水を逃がすことも考えなければなりませんでした。
それでも2019年5月、芽が出ない木が残りました。検査を依頼すると、病気ではなく凍害の可能性があるとの見解でした。冬には藁を巻いていたので、父にとっては予想外の結果です。対策をしたことと、その場所の寒さから守れたことは、別でした。
そこで何本かを掘り上げ、根の状態を確かめました。しっかり根を張っているのに地上部が枯れた木と、根の張りが悪い木がある。同じ「芽が出ない」でも、原因を一つに決めつけられません。指導員の見解と自分で見た根の状態を合わせ、寒さ、水はけ、苗木の状態を分けて考えようとしていました。
この頃の投稿に繰り返し出てくるのが、原因を調べ、仮説を確かめる姿勢です。経験がないからこそ、記録を残し、人に教わり、目の前の木で確認する。創業期の大切な仕事は、畑の作業と同じくらい「なぜ」を探すことだったように思います。
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2019年春〜初夏|雨の日に確かめ、次の畑へ生かす
5月の大雨の日、父は排水を確かめに畑へ行きました。溝を掘り直したことで前年より水位が約30cm下がり、高くした株元には水がたまっていない。投稿には、改善の手応えが残っています。
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2019年5月、雨の日の第1農園。溝と高畝の効果を、実際に水が流れる日に確かめました。
ただし、一度の雨で問題が全部解決したわけではありません。6月にも、まとまった雨から一週間たってなお湿っている畝間を見て、排水口を掘り下げた記録があります。「これで大丈夫」と思ったあとにも、木と土の様子を見て手を入れ続けました。
その経験を最初から組み込んだのが、第2農園です。高畝、土壌改良、外周の排水溝を先に整え、6月に5品種を植え付けました。前年に岡山の農園を訪ねて選んだ品種を、この土地の気候で育て、お客様にも受け入れてもらえるか試す畑でした。
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2019年6月に植え付けた第2農園。排水の経験を生かし、5品種を比べる試験の場として出発しました。
好きな品種でも、ここでうまく育つとは限らない。第1農園で木を守るための工夫が、第2農園では「この土地に合う味を探す」という次の仕事につながっていきます。
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2019年夏〜9月|四つの収穫から、初めての売場へ
8月下旬のある日の収穫は、四つ。ほかの農家では出荷が始まっている中で、小出農園はいつから出せるのか、父は気をもんでいました。若木は遅れると教わっていても、先が読めない。実が取れることと、規格の合うものをそろえて出荷できることの間にも、距離がありました。
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農園のInstagramより(2019-09-02)
そして9月、JAの農産物直売所「くださいな ちはら台店」に初納品しました。朝7時に採り、父と母で8時半に届け、9時半の開店時には売場へ。近くのお店だからこそ、朝採れの実をその日の朝から並べられます。
数日後の投稿には、お店のスタッフから教わりながら納品を続け、販売数の連絡を受け取っている様子が書かれています。午前中に全部売れたという知らせもありました。畑で育てるだけだったいちじくが、お客様に選ばれる商品になった秋です。
今の小出農園が大切にしている「朝採れ完熟を届ける」という仕事の形は、遠くの構想ではなく、農園から5分の売場へ二人で運んだところから始まっていました。
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2019年9〜10月|初出荷のあとに来た台風と竜巻
出荷が始まったばかりの9月、台風15号が近づきます。前年に根ごと飛ばされた木を思い出しながら、長い枝を切り、誘引ひもを点検し、苗木の支柱と排水を確認しました。
それでも台風のあとには折れた枝、傷んだ葉、飛ばされた実が残り、ハウスも半壊しました。一方、第1農園の誘引棚は持ちこたえ、春に植え直した苗木も根こそぎ飛ばされることはありませんでした。備えがすべての被害を防いだわけではなくても、前年の経験が生きた部分はありました。
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2019年9月、台風後に手当てを進める第1農園。倒れた枝を結び直し、木ごとに状態を見て作業しました。
父と母は、一本ずつ枝を結び直し、折れた部分を切り、畑を修復しました。約6日ぶりに出荷を再開すると、お店のスタッフも喜んでくれたと記されています。ただ、弱った木では実をすべて落とす判断もしました。売るために育てた実を手放してでも、翌年へ残す木を守る必要があったのです。
10月には、竜巻と再び近づく台風に見舞われました。冬に使うため集めた藁のロールが飛ばされ、畑では枝が折れ、残った葉も傷みました。翌日以降、父はまた木の状態に合わせて手当てを続けます。
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2019年10月の手当ての記録。折れた枝や裂けた部分を前に、一本ごとの処置を考えました。
さらに月末には大雨もありましたが、第2農園では翌朝に水が引き、いちじくは無事だったと報告しています。春から整えてきた排水は、ここでも役立ちました。被害を受けたことと、改善が効いたこと。その両方が残る、最初の出荷シーズンでした。
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売場のその先へ|ドライいちじくも、まだ試作の途中
実は初出荷を待っていた8月、加工の準備も始まっていました。知人から食品乾燥機を譲り受け、師匠の規格外いちじくを分けてもらって試作します。皮を残すか、むくか。半分に切るか、もっと薄く切るか。温度や時間も変えながら、出来上がりを比べました。
9月の3回目の試作では、色や乾燥の具合はよくなったものの、味はまだ納得できないと父は書いています。市販の輸入品のほうがおいしいと感じる率直さもありました。どの品種を使い、どう乾かせばよいのか。商品になったあとの記録だけでは見えない、答えを探している時間です。
台風後に出荷を再開した投稿にも、残った実でドライの試作を再開することが書かれています。収穫、販売、加工は別々に始まったのではなく、その年に取れたいちじくをどう届けるかという一つの仕事として、少しずつつながっていました。
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2019年の冬|「来年は」を、次の対策に変える
11月、最後の出荷を終え、父はお店とお客様にお礼を伝えました。その年は通販を実現できず、翌年へ持ち越したこともあります。初出荷を迎えたからといって、目標がすべてかなったわけではありませんでした。
冬には、春の凍害を繰り返さないための準備を始めます。県の指導員からほかの産地の事例を教わり、剪定をしてから藁を巻き、その上にアルミ蒸着フィルムをかぶせる方法を試すことにしました。温度を記録する機器を借り、感覚だけに頼らずデータを取ろうとも考えていました。
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2019年12月の藁巻き。前年より厚く巻き、次の冬を越すための対策を重ねました。
藁も無事に保管できていたわけではありません。竜巻で飛ばされ、大雨でぬれ、扱いづらくなっていました。それでも一本ずつ巻いていく。記録は、晴れやかな初出荷だけでなく、こうした年末の作業にも続いています。
創業期の二年間で生まれたのは、畑と売場だけではありません。根を掘って確かめること、雨の日の水を見ること、先輩や指導員に助けてもらうこと、うまくいかなかった試作も書き残すこと。それらが、次の年の農園づくりの土台になりました。
田んぼに苗を植えた2018年から、初めてお客様へ届けた2019年へ。小出農園は、完成した畑から始まったのではなく、育てながら畑を直し、木と一緒に仕事を覚えるところから始まりました。
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